リベラルアーツカフェ114
エイジング・イン・プレイス
~住み慣れた地域で暮らし続けること~
リベラルアーツカフェVol.114レポート
リベラルアーツカフェ114は、1年3か月ぶりのハイブリッド開催となりました(前回はサイエンスらいおんカフェ100回記念カフェ)。現地会場となったのは、栃木県下野市内の介護付有料老人ホーム 新(あらた)内のカフェ「くりの実」。私も何度か訪れたことがありますが、とても居心地良く、お料理も美味しいカフェです。このカフェとオンラインを結んで、2022年10月29日(土)にハイブリッドで開催しました。
今回のテーマは『エイジング・イン・プレイス~住み慣れた地域で暮らし続けること~』。今回のカフェは、私が所属している自治医科大学医学部倫理学研究室(講師:渡部麻衣子さん)とリベラルアーツとちぎとの共催で実施されています。
話題提供者は公認心理師で、慶應義塾大学医学部 精神・神経科学教室に所属されている江口洋子さん。江口さんと数名の参加者による現地参加と、全国各地(北海道から中国地方までいらっしゃいました)からのオンライン参加により、和やかに行われました。
はじめに、会場を提供いただいている新の施設長や介護クリエーターの皆さんから施設の概要等をご説明いただき、参加者全員の自己紹介を経て、江口さんからの話題提供へと進みます。
江口さんご自身は神経心理学がご専門で、記憶や思考、判断などといった高次脳機能についての研究をされています。その過程で、85歳以上の「超高齢者」、100歳以上の「百寿者」といった方々の生活に触れることも多く、そこから今回のテーマへと繋がっていきます。
今回のテーマでもある「エイジング・イン・プレイス」(AIP)とは、1980年代末にアメリカで生まれた「住み慣れた地域で暮らし続けること」といった概念を指すそうです。主に超高齢者が住み慣れた地域で暮らしていく実態調査などもされているとのことです。江口さんが調査を続けている東京都荒川区での事例などもご紹介いただきました。
江口さんから参加者の皆さんへ「AIPを実現している超高齢者が、地域で生活しやすいと感じる要素が不足していた場合、どうやって乗り越えるか? あるいは、乗り越えられなかった場合は不幸と感じるか?」という問いが提示されます。ここでいう要素とは、例えば「土地が平坦で移動がしやすい」「交通の便が良い」「買い物がしやすい」といといった地理的特性や、「ご近所さんと話がしやすい」「いつも気にかけてくれる」といった近隣住民との関係性などを指します。
江口さんの問いから対話をスタートします。参加者の発言またはオンラインチャットから、問いや返答、新たな考えなどが次々と繰り出されていきます。まず、江口さんの情報提供を聞いての口火が切られます。ここでは「ご近所」という概念に対する物理的・心理的距離感の違いや、それらに対する解決事例や発想などが出てきます。
近所の独居老人に手を差し伸べる方法やタイミングなどが難しいと感じる。地域包括ケアなども存在するが、他地域での状況などを知りたい。
高齢者は「与えられる」側が居場所と感じると捉えられがちだが、「与える」側に回ることによって居場所と感じる例もある。動きがある(活発な)地域は、与えられる側から与える側へシフトする仕掛けがうまく回っている。
このような仕掛けを「設計」する人が必要。行政なり何なりが地域に存在する「人的資源」を回すような設計ができる地域は良いと思う。
地域の「お祭り」が仕掛けになっている例がある。
田舎だと人口密度が低く、「スーパーで会う人がご近所さん」という感覚は薄い。手を差し伸べるという所に繋がらない気がする。
そのような希薄な地域では、どのようにしていったら良いか?
「趣味」で繋がる例がある。
もしかしたら、場所に拘らずに、デジタルツールを使って遠方の人と繋がる可能性があるかも知れない。
チャットにも問いや考えが逐次記されていくので、適宜ピックアップして話題に組み入れます。「好奇心」をキーワードに、高齢者の外部との関わり方や、趣味・居場所といったデバイスとなるワードも頻出してきます。
(チャットから)高齢者の記憶障害について話があったが、好奇心も重要な役割があると思う。AIPではどのように位置づけられるか?
例えば「趣味」をきっかけに外に出る、交流を持つ、といった行動がある。
地域に図書館や漫画カフェなどがあるだけでも興味を喚起できるので、AIPにおいて「好奇心」をもっと位置付けても良いのでは?
地理的アクセスに制約のかかりやすい図書館などの代替として、インターネットの活用がハードルを下げると思われるが、意外と高齢者の身近や関連施設にはそのような設備が少ないように感じる。
高齢者ににとって「(自分で)できること」「(今まで)やってきたこと」「(周りに)認められること」が実現できる場所が「居場所」であり、それができるようにデザインしていくことが大切。
「外に出る」ことも大切で、特に認知症や車いすなどの場合、室内などに篭ってしまうとより悪化するので、安全に外に出られる仕組みづくりが必要。
世の中、趣味がある人ばかりではなく、むしろ無趣味の方にどのような役割を提供できるかが大切なのかも知れない。
施設やデイケアなどでのアクティビティの内容が一律だったり幼稚だったりするなど、つまらないという身内の声がある。
続いては、気候による制約の事例から、再び、物理的・人的距離感に纏わる話へと展開していきます。
(チャットから)母が寒冷地の一軒家で一人暮らし。昨年は大雪で行政の除雪が間に合わず、近隣の方の助力や民間サービスの利用もあるが、玄関から出られなかったり、落雪で隣家とトラブルになったりした。気候的に過酷な地域での高齢者の自立は難しいと痛感している。
調査対象の荒川区では地域的に恵まれている。そうでない地域ではどうしているのか、聞いてみたい。
ある地域では「人足(にんそく)」という文化がある。他地域から人足を募集したら、都会の大学生などが来たりする。これで地域が回るか?と言ったらそうではないと思うが、ポジティブに捉える考え方もあるかと。
江口さんの話題提供で一番感銘を受けたのは、「元気な高齢者が(たとえ建物等の管理が難しかったとしても)住み慣れた家や地域で暮らしたがっている層が居ること」や「これらを維持したり支えたりしていく行政や民間サービスに限界が来ているor近づいていること」への共通認識が薄いということだった。このようなディスカッション等を通して、もっと認識を広げていくべきだと思った。
宇都宮市では現在、LRTの建設が進んでおり、来年開通予定。これを見越して、規模の大きい病院やリハビリ施設が相次いで沿線上にオープンするなど、将来的に超高齢者を都心沿線上で暮らしやすくしていく動きが今から出ている。
コンパクトシティの取り組みの拡大はまだ限定的だが、住み慣れた家や地域から離れがたいという心情も影響している気がする。一方で転勤族や多点居住などのライフスタイルの変化などによって抵抗感が薄れる可能性もあり、宇都宮のような事例が違う形で発展するかもしれないと感じた。
更に話題は、「外との交流」へと続き、特に高齢になる前の段階での経験について、着目されてきます。
実際の感覚からすると、高齢になって動きにくくなってから「外に出よう」というのはなかなかハードルが高いと思われる。逆に、子育て終了頃~シニア前ぐらいの間に「外と交流を持つ」経験をされてきた方々を見ると、高齢になっても比較的アクティブに動けている印象がある。
重要なのは「マインドセット」。学校・会社・地域などといった縦割り的な分断した見方だけでは、これらの問題は解決しにくい。横串を通して考えられるべきだと思う。
マインドセットと言えば、普段の交流の中であいさつの後に一言付けている例がある。例えば「おはよう。」の後に「最近どう?」といった感じで。単純にあいさつだけでも十分交流出来ている例もあり、あいさつってとても大切。
共通のマインドセットを持つことが難しい時代でもある。N高・S高でのアバター交流の例など、新たな形でのコミュニケーション方法も出てきている。どちらが良い・悪いではなく、それらも含めての縦軸・横軸での考え方も今後必要になると思われる。
交流に対する男女差も顕著に感じる。地域の交流には男性よりも女性が出てくる割合が多く、地域における男性高齢者の問題は非常に気になる。
男性・女性というよりは、(先述でも出たように)「高齢になる前にどれだけ外と交流してきたか」に依存する気がする。昔は、男性が働きに出て、女性が地域や家庭に居る、といった傾向が強かったために、そのまま高齢になった形が今の形かも。
かつて研究や教育などをされてきたと思しき高齢の男性が、公共施設の休憩スペースでの雑談で、自分の知識や経験などを織り交ぜた話をしていた。男性であっても、かつての経験を活かせるような仕組みを作れば良いのでは?
学校での同世代同志であっても、デジタルやあいさつなどのコミュニケーションに大きな差や幅がある。ましてや、他世代間で差があるのは当然。
やがて終わりの時間に近づき、いくつかのショートトピックや感想などを取り上げます。
(チャットから)荒川区はコミュニティが成立しているが、都内では非常に特殊な感じを受ける。他では自治会が崩壊している地域も多く、そのような地域でAIP比較検討してはどうか?
ぜひやってみたいので、ご協力を。
高齢者であっても「問いかける」機会は必要。問いかけ方などいろいろ考えられるのでは。
問いかけに加えて「対話する」ことが重要。対話の中で問いかけていく流れがあると良い。
(チャットから)最近「仕掛学」を研究されている先生のWebinarを聴講した。公正性・誘因性・(目的の)二重性が必要だということを聞いたが、この考え方を応用できないか?
ナッジの考え方に近いかと。
(チャットから)一人一人が「自分らしく=わがまま?に生きていいと認知できること」が重要なマインドセットだと思う。自分が幸せになっていいことを許容する。結果的に他者も幸せになれると感じる。
まだまだ話せる内容でしたが、一旦お開き。カフェ終了後、現地参加の皆さんは新(あらた)の施設を見学させていただきました。今日の話の内容を肌で感じながら、更に考えを深める良い経験となりました。
対話全体を通して、高齢になるに従って様々な距離感が生じやすくなり、それらを埋められる可能性のあるものとして、好奇心や趣味、デジタルなどのツールがあるかも知れず、それらを使って外部との交流を促進できる仕掛けや仕組みが必要、また、若い時代の経験が大きく寄与する可能性もあり、これらが充実して初めて「居場所」となるAIPが実現するのかも知れない・・・ということを感じました。
久々のハイブリッド対話で、映像や音声などのトラブルも一部ありましたが、非常に良い経験となりました。今後もハイブリッド開催は出来る限り実施出来ればと考えております。次の機会にもぜひご参加いただき、可能な方はぜひ現地参加でお会いできればと思います。
[文責:藤平 昌寿(リベラルアーツとちぎ 代表)、現地写真(一部):岡部 祥太(自治医科大学医学部客員研究員)]
リベラルアーツカフェVol.114開催告知内容
2022年7月までとちぎサイエンスらいおんにて実施されていた「サイエンスらいおんカフェ」を引き継ぐ形で、「リベラルアーツカフェ」として継続しております。
10月の話題提供者:江口 洋子(えぐち ようこ)さん
(公認心理師/慶應義塾大学医学部 精神・神経科学教室 訪問研究員/株式会社ベネッセスタイルケア ベネッセ シニア・介護研究所)テーマ:エイジング・イン・プレイス~住み慣れた地域で暮らし続けること~
日時:10月29日(土)10:00-11:30
開催場所:ハイブリッド開催
現地オフライン・・・社会福祉法人丹緑会 介護付有料老人ホーム 新
オンライン・・・zoom利用
参加費:無料(現地参加の方はワンドリンクご協力をお願いいたします)
定員:現地オフライン15名・オンライン20名
お申込み 終了しました
新たなコラボ企画が始まります。以前、サイエンスらいおんカフェでは、自治医科大学との共催で技術死生学に関するシンポジウムや、それに関連するカフェを半年間にわたって行ってきました。今回、私が自治医科大学に籍を移したのをきっかけに、自治医科大学医学部倫理学研究室との共催カフェを不定期に開催することとなりました。本カフェがサイエンスだけでなくリベラルアーツに分野拡張されたのに伴い、コラボの分野も技術死生学に留まらず、研究室に関わるメンバーの関連分野に広げ、様々なテーマで皆さんと一緒に学んでいきたいと思います。
その第1弾のゲストとしてお迎えするのが、慶応義塾大学精神・神経科学教室に籍を置かれている公認心理師の江口洋子さんです。
江口さんは、人の脳に関する研究から、加齢等に伴う脳の機能の変化などに興味を持たれ、特に、85歳以上の超高齢者や100歳以上の百寿者と呼ばれる方々に関する調査なども行っているとのことです。ちなみに、慶応義塾大学には百寿総合研究センターという組織があり、江口さんはそちらでも研究をされております。
今回は「エイジング・イン・プレイス」というテーマで対話したいと思います。エイジング・イン・プレイスとは「住み慣れた地域で、その人らしく、最後まで健康的・快適に暮らすこと」を指す、人生の一つの考え方だそうです。江口さんはその研究内容からも分かる通り、人生の終盤の過ごし方・暮らし方について、様々な方々を見てきています。そのような中で、自身の研究を進めながらも、皆さんの多様な考え方も聞いてみたい、という所から今回のテーマとなりました。
また今回は、らいおんカフェ100以来、1年以上ぶりのハイブリッド開催となります。現地会場を提供いただいているのが、地域開放施設やカフェなどを併設している介護付有料老人ホーム 新(あらた)さん。介護3.0という考え方を提唱している横木淳平さんがプロデュースを手掛けた施設でもあり、横木さんのご協力で会場を設定することとなりました。
こんな多彩なコラボ企画、聴いてみたくなりませんか? リアル・オンラインいずれのご参加も心よりお待ちしております。
from: 藤平 昌寿(リベラルアーツとちぎ代表)