リベラルアーツカフェ155
対話をカガクする
対話をカガクする
今回はちょっと趣向を変えて、久々に研究のお話でした。
不肖ながら、わたくしの対話型コミュニケーションに関する研究について、話題提供しながら、参加者の皆さんからの素朴な疑問や感想などを受けてみよう・・・といった趣旨でした。直近の案内にもかかわらず、多くの皆さんからお申込をいただきました。中にはPeatixでたまたま哲学対話に興味があって参加された初めての方も居られました。
(余談ですが、当日開始の段になって、何故かカメラがうまく起動せず、話題提供者にも関わらず「Sound Only」な状態で進行しました。参加者の皆さま、大変失礼いたしましたm(_ _)m)
冒頭はいつもなら近況報告も含めた自己紹介からスタートしていますが、ショートバージョンのため、「今回のテーマから連想したもの」を各々簡単に出してもらい、すぐに本題へ・・・
最近出稿した教育現場と哲学対話に関する論文をネタにしましたが、そのまま口頭で説明するのも趣が足りないかと思い、GoogleのNotebookLMに読み込ませて、自動で出力した数分程度の解説動画やスライドを、参加者にはまず観てもらいました。所々、表記や読み方などに間違いはあるものの、解釈や説明の本筋はおおむね合っている感じで、かつ、ヴィジュアルもまあまあ良いイメージで出力されるので、主旨はおおむね伝わったようでした。
ここまでで半分ぐらいの時間が経っていましたが、残り時間は感じたこと・疑問に思ったことを出してもらい、私や答えられそうな方が応答する形に。主なコメントや問いは次の通り。
対話中のモヤモヤ感って、あいまいでは?
従来の評価と関係性に基づく評価の違いって?
学びって「快感」と「不快」の間を行き来している?
「腑に落ちる」感覚って学びには必要だと思う。
幼児教育の人たちから見ると、哲学対話のような「型」の必要性を感じない向きもある。
日本の教育評価制度は、つまるところ、大学入試の制度改革に繋がると思うのだが・・・
「型」があることによってとっつきやすい面もある。
カタルシス(浄化)が学びにすごく役に立つと思う。
といった感じで、私の想定以上に濃度の高い回となりました。今後の研究のバネにもなりましたし、進展がありましたらまたフィードバックできる機会も設けたいと思います。今後の動きについては個人サイトやSNS等で触れることもありますので、もしよろしければフォローください。
ご参加の皆さま、ありがとうございました。
[文責:藤平 昌寿(リベラルアーツとちぎ 主宰)]
3月のゲスト:藤平 昌寿(ふじひら まさとし)さん
(リベラルアーツとちぎ主宰・武蔵野大学客員研究員)
テーマ:対話をカガクする
日時:2026年3月30日(月) 21:00-22:00
会場:オンライン・・・zoom利用
参加費:無料(カンパチケットあり)
定員:無し
お申込み:https://la-cafe155.peatix.com または 表示のフォームから
ご質問等は info@la-tochigi.net でも受け付けます。
今回は私・藤平が現在取り組んでいる対話についての研究の一部をご紹介し、皆さんとアーダコーダと対話してみようという回です。
冒頭に今回の話題についての解説をお聞きいただき、その後はそれについての感想や意見などを交換し合う形式を予定しています。研究というとハードルが高く感じられるかと思いますが、普段行っている哲学対話に関するお話ですので、身構えずにどうぞ気楽にご参加ください。
from: 藤平 昌寿(リベラルアーツとちぎ主宰)